倉敷の伯母がもうあまり長くないから
最後に顔を見ておけと母がうるさく言うので行って来た
連れ合いを18年前に亡くし子供のいない伯母は
ボケが始まり1年半前から倉敷の老人ホームに入所している
そこのホームのベッドから落ちて大腿骨を骨折し
以来寝たきりになりその後転がる石の如くのスピードで衰弱し
いつ死んでもおかしくないという状態である
入所直前に会った時のふっくらした伯母とは全く別人の
口は半開きで目は何処を見ているのか分からない
骸骨に皮をかぶせた外観は正に生けるしかばねであった
死人の様であるのに声をかけると暫くすると返事をするのである
人間中々死なないものだと思った
私が分かるかと聞けば分かると言い
じゃぁ私は誰かと聞けば答えない
私が名前を告げると分かってるよと答える
昔から口うるさいひねくれた性格の伯母であったが
その性格がこんな姿になっても健在であることがおかしい
子供が出来ない伯母夫婦は母が産んだ子を養子にし
当然母乳の出ない伯母は粉ミルクで育てた
その与え続けた粉ミルクは森永である
そしてこれまた当然の様にその子は砒素ミルクのおかげで
2歳で死んでしまったのである
顔も見たことのない私の姉である
こんなひねくれた口うるさい超保守的な伯母に
いつまでも育てられなくて良かったと思う
陰気で世間体ばかりを異常に気にするとんでもない伯母であった
幸福と言う概念を否定
もしくは存在すら知らないかの様なそんな生き様であった
笑ったことが人生の内で何度あっただろうか
私は子供の頃からこの伯母が好きではなかった
もう長くはない伯母の顔はボケて寝たきりであるにも拘わらず
難しい陰気な表情をしている
人生は顔に出る
職員が部屋に入ってきては伯母に声を掛けてるのだが
皆一様に赤ちゃん言葉で話すのである
ボケていようがいまいが相手は老人であり赤ん坊ではない
不愉快で吐きそうになる
普通に喋れ 頼むから
老人ホームに入ってあんな喋り方されるくらいなら
私は野たれ死にする方を選ぶ 絶対に
帰るねと声をかけると
伯母はすみません 有難うございましたと答えた
私が誰かを分かっていない